
「ボイストレーニング」という言葉、実はクラシックが由来だったのです。アメリカ人のセス・リッグスが、19世紀のイタリアオペラ発声をベースに再構成して「スピーチレベル・シンギング(SLS)」として広めました。マイケル・ジャクソンが電話で習っていたという逸話もありますが、彼は10歳でプロデビューしている天才。つまりこの話、ブランディング要素が強かったとも言えるでしょう。
日本では、明治以降にイタリア歌曲と共に「腹式呼吸」が音楽教育に組み込まれ、戦後の音大教育にも強く影響。特に声楽科出身者が多い音楽教師たちが、クラシック的な発声を「正解」として広めていきました。結果、「声は出せば出すほど鍛えられる」「お腹から出せ」「支えがすべて」といった指導が常識化します。
90年代に入ると、セス・リッグス式のボイストレーニングが日本にも紹介され、音楽スクールや養成所で「ミックスボイス」「チェスト」「ヘッド」「ブリッジ」といった言葉が飛び交うようになります。ただし、この技術も元をたどればクラシックの派生。つまり、「クラシックの下位互換としてのPOPS理論」が、あたかも現代POPSの最先端かのように受け取られてしまった面もあります。
特に問題なのは、POPSの本質である「個性」「リアルな声」「感情表現」よりも、「きれいな声」「正しい響き」といった“クラシック的価値観”が優先されてきたこと。音大や芸能スクールでは、正しい発声を学んだはずの生徒が、現場に出ると「クセがない」「個性が薄い」「声が届かない」と言われて弾かれるケースも多々あります。
一方、現場で成功しているPOPSアーティストの多くは、いわゆる「声の型」よりも、自分の声の“あり方”を感覚的に捉えています。呼吸や骨格、共鳴空間のクセまで含めて「構造としての自分の声」を理解している人ほど、唯一無二の表現ができるのです。
つまり、POPSにおけるボイトレの本質とは、「どう歌うか(歌唱法)」ではなく、「どう呼吸し、どう響かせる構造なのか」を知ること。その上で、自分の個性を壊さずに伸ばす技術こそが必要なのです。